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2009年9月30日 (水)

そして、期が切り替わる時が来る

9月30日で、仕事の第七期が終了。10月1日より第八期が開始となる。

よく、あきらめずに続けてきたものだ。仕事の内容の変化は確かにあった。

時代は変わるものだし、インフラストラクチャーの変化もあった。

基本的なテクノロジーのパラダイム・シフトも起きているから当然。

ウチが業務を開始した、第一期前夜の時期に、誰がネットで、

動画をスムーズに綺麗な音声と画像で配信される日が、こんなに早く

やってくると思ったろう。たかだか七~八年前だというのに。

辞めずに続けた自分自身にご褒美をあげたい気分になる。

そして明日から始まる第八期、努力と工夫で乗り切ろう。

僕はあきらめない。

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2009年9月29日 (火)

フリーソフトで、ここまでやるんかい?

商売上の理由で、どのソフトかは書かない。出来が良すぎるから。

しかし、コレ、どんな人が書いたソフトなんだろうねぇ?

相当の実力者で、努力を積み重ねるタイプの方なんだろうね。

しかも、フリーソフトだ。やっぱり熱心な人っているんだなぁ。

これで会社でソフトを書いている人が、上司から

「フリーでここまでのものがあるのに、キミタチは」

という、見当外れの説教をされない事を、祈ろう。

そう、モチベーションを高めて、それにブレーキをかけさえしなければ、

その会社のエンジニアもそういうソフトを書く可能性があるのです。

ブレーキをかけ、会社の言いなりの「良い子」を要求してきたくせに、

社外やフリーソフトの良さそうなものにしか感動しない「技術オジン」たち。

要するに、自分たちが開発費の要求を上申する手続きをしたり、

プロジェクトの進捗を見守ったり(手は出すなよ、邪魔だから)、

という事をしなくてすむ、お金にすぐ化けそうな物にしか惹かれない老人。

年齢は無関係、そういう感受性の老人管理職、つまり某社等のアンタら!

こういう連中がモチベーションをさげ、画期的プロジェクトの邪魔をして来た。

いざとなると決裁権を振りかざして、自分が社畜なのを棚に上げる連中。

その被害にあうと、やる気と実家に多少余裕がある社員はスピンアウト、

そうでない社員は、不良社員に化けて「かくれんぼ」しちゃうのです。

全くの嘘は書いてないよ。

疑うならブルーバックスの「人材は不良社員からさがせ」を読んでごらん。

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2009年9月24日 (木)

紹介くらいはしておいていいかな?

部屋をちょっと大掛かりに片付けていたら、以前、貰った葉書が出てきた。

なぎら健壱さんからの「東京酒場漂流記」の出版案内の葉書。

先日、日本のフォーク、ニューミュージックの話を書いてたっけ。

途中で、寸止め状態にしたけどね。

あとは、なぎら大師匠にお任せすれば良いんだよ。

ちくま文庫から、なぎら健壱著、「日本フォーク私的大全」

これを読んだら、もう私のそういう文章は必要ないな。ウン。

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2009年9月19日 (土)

シルバー・ウィークらしい

あくまでも、世間様は、であって、私に完璧な休みという日は無い。

どこか頭の中で必ず仕事のことを考えている。

疲れ切って、仮眠をとったりするのだが・・・

仮眠をとりながらも、頭の中で次の企画の資料を探していたりする。

宣伝のため、複数のパソコンでトラフィック・エクスチェンジを使用。

時折、「おおっ参考にしたいぞ」というページやイラストを見かける。

すかさず、別画面表示をさせて、印刷したりする。

それが悪いわけではない。ちょっとシンドイかな、と思うだけ。

世間様はシルバー・ウィークだとさ。やれやれ・・・・・・

しかし、基本的にはこの仕事が好きなのである。

でなきゃ、ここまで、この状況で、続くものか。

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2009年9月17日 (木)

気持ちとしては、仕事が終わっている?

お仕事、二種類、外部にお願いした部分が、OKの状態で納入された。

これで僕は安心してしまう。

あ~、後は自分がやれば良いだけだもんね。

一番不安なのは、外部の方にお願いして、それが納期の踏み越えや、

レベルが異常に低くて、素材にならないこと。

そして、僕が自分でそれをやるハメになって、混乱することなのです。

「自分の時間をそれに割く事が出来ない」から、仕事を発注したというのに!

なんで、納入されたのを見たら使い物にならなくて僕がフォローするんだ?

酷い時には納期当日「結局、出来ませんでした」というのもあった。

でも今回はちゃんと最大限の努力+OK状態での納入をしてもらえた。

やはり、こういう方々と取引せねば。おっと、代金振込みの準備しなきゃ!

ちゃんとした仕事をした方には、ちゃんと払うのだ。

「次回、良い仕事を回すから、今回は安くしてくれ」と言い、結局そのまま、

小学生の小遣いみたいな金額で叩かれた事もあったが、困るのだ。
ホントに少額だから小学生がシャレにならなかった。
今後の良い付き合いの期待コミで奨学金の金額にして欲しかったよ。

「サンキソフトは××円で、これだけの仕事を請けた」を口実に他所様が、

理不尽に値切られる材料になり、業界の価格設定が崩壊する。

ウチだけではなく、他社さんが値段の「下くぐり勝負」を始めるのは見えている。

最後には「次回、良い仕事を・・・」と言って甘い汁を吸ったお方が、また、

発注しようとしたら、業者さんが、崩壊した(倒産)後で、どこに出せない。

ウチは特殊事情もあり、しぶとく生き残るけど、ウチに発注すると今度は、

「良い仕事なんでしょ?」と対応をさせていただき、安くしない

二度、焼け火箸を握ったりはしない。

他社さんと共倒れはイヤだ!

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2009年9月10日 (木)

どうにか一段落かな

チームとしての、期末が近づいてくる。今月末だ。

今期が始まって二ヵ月後、かなりマズイ事が起こってしまった。

その、金銭的な後始末の手配の終わりがようやく見えた、と思う。

まだ不安はある。そりゃそうだよなぁ。

不安が皆無の経営者がいたらお目にかかりたいよ、このご時世で。

それはそれとして、自分の資質を問われる事態ではあった。

やっぱ、しっかり者の、若くて頭の切れる、可愛い癒し系の女の子を探そう。

いや、それは仕事じゃなくてプライベートな欲求ではないか?

ま、いいけどね、幸福な気分になれりゃ、何だって。

婚期が再来して・・・くれないかなぁ。

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2009年9月 9日 (水)

出し惜しみしつつ、SFの話+「自分で聴けよ」

ここで言う、「SF」とは「空想科学」ではない。

「STUDENTS' FESTIVAL」という、日本のフォークのごく初期のムーヴメントを指す。

が、侮るなかれ。今の日本の音楽界を支える人たちが山ほどいらっしゃる。

マイク真木さん、森山良子さん、吉川忠英さん、瀬戸龍介さん、町田義人さん、

こういった歌い手の方はもちろん、スタジオミュージシャン、プロデューサーの大物、

それこそ私らなぞ、前に出ただけで足が震えて緊張する方々が揃っている。

時期的には1962年頃に、銀座のガス・ホールで第一回がはじまったらしい。

1982年に、SFを再現したコンサートの解説で確認。

「今から20年前に始まった」とあるから、1962年がスタートという計算になる。

この解説は金子洋明さん(この時はミュージカル・ステーション)がなさっている。

彼ら大先輩が何を歌い、演奏したかというと、アメリカのフォーク・ソング。

それも、グリニッジ・ビレッジなどで歌われたものやブルーグラスなど。

ゴードン・ライトフットや、ピート・シガー、ウディ・ガスリー、ウィリー・ネルソン、

そういう、いかにもと言ったフォーク歌手の歌を英語で歌う物が多い。

もちろん、中には日本語で歌う方にシフトした、森山良子さんもいるのだが・・・

この当時は、なぜかバリー・マクガイヤの曲を英語で歌っていたりするしね。

コロンバス・スタッケード・ブルースを英語で歌ってもいる。

これは金子洋明さんと森山良子さんのデュエットで、収録されている。

CDで再発されているんだろうか?

僕が眺めているのは「'60年代フォークの主役達 -Students' Festibal 1982-」という、

LPレコードの出演者や演奏曲目なのですよ。

テネシー・ワルツ、ナイト・ウォーク、フォギー・マウンテン・ブレイクダウン、など。

カントリーとブルーグラスの曲があるかと思うと、ゴードン・ライトフットの「朝の雨」、

などの「(当時としては)新しく書かれた、フォークソング」もある。

さらに、日本語でフォーク調の歌を、プロの作曲家、作詞家が作る試みもされ、

浜口庫之助さんの「バラが咲いた」をマイク真木さんが歌っている。

後にトップ・ギャランを率いて、自分でヒットを飛ばした、森田公一さんの曲もある。

森山良子さんは「この広い野原いっぱい」や「朝日のあたる家」などを歌っている。

「朝日のあたる家」は英語で、「この広い・・・」は日本語での歌唱。

さて、ここから影響がドンと広がる。

このメンバーには入っていないが、フォーク、ロックのスタートに欠かせない人たち。

高田渡、尻石友也(後の高石ともや)、岡林信康、早川義夫+ジャックス、などが、

それぞれのフィールドで活躍し始める。

きっかけは、高石音楽事務所(高石ともやのマネージメント事務所)が変化して、

音楽舎になり、URC、つまり「アングラ・レコード・クラブ」の発足あたりから。

ここで明確な線として、中津川フォークジャンボリーの話が必要かと思う。

さすがに、現地には行ってない。私がまだ一桁の年齢の時期だ。

第一回は、中津川労音の例会として、笠木透氏の旗振りで開かれた。

笠木氏とはなぜか何度かお会いしている。向こうはこっちを覚えてないだろう。

この時は、民俗音楽の舞踏団を海外からのゲストで招いたりしている。

要するに、労音の例会なんだけどちょっと規模がデカイかな、だったろう。

第二回は、規模が拡大して、スターらしき人たちが登場する。

高田渡、岩井宏、加川良、五つの赤い風船、なぎらけんいち、小室等+六文銭、

などが出演していた。

第二回以降は、高石ともや氏の姿が見えない。(第一回はどうだったんだろう?)

なお、「高田渡+岩井宏+加川良」による、ギター、バンジョー、マンドリンの編成で

日本語で歌われたウディ・ガスリーの曲を聴いて、高石ともやサンが、

「先にヤラれたか」と悔しがったという話が残っているが、本当なんだろうか?

第三回が最終なのだが、ここで吉田拓郎、遠藤賢司、などがウケている。

そして、加川良も、武蔵野たんぽぽ団も、拍手喝采で迎えられている。

はっぴいえんど(細野晴臣さんや大滝詠一さんなど)も登場。

また、六文銭は、ギターに石川鷹彦サンが入り、吉田拓郎のバックをしている。

そしてぇ、安田南のステージでエラい事が・・・

ここから先は、なぎらけんいち大師匠の著書にお任せしよう。

某SNSで、このあたりを、アメリカのフォーク、フォーク・ロックと絡めて書いた。

質問に答える感じでアーティストと曲を手がかりになるように紹介していたわけ。

ところが、何をトチ狂ったか、

「フォークの表街道と裏街道について、詳しく説明して欲しい」

という要望をして来た人がいた。

自分の耳で、再発されたCDをレンタルでも「お金を払って聴いて」から、

「自分の感受性」で判断するべきだと私は思う。

そしてこちらは、そのためのアーティスト名、曲名は山ほど紹介してきた。

「自分で聴いて判断してくれ」というコメントをしたのだが、伝わらなかった。

「こういう議論もたまには必要じゃないか」と食ってかかられてしまった。

おい、オマエ。自分の耳で聞いて判断するのをヤメル気か?私ゃあきれたよ。

議論ではなく、私から一方的にアーティストと曲の名前を吸い取っただけだろ?

ここからは「自分で聴いて判断する」か、「判断を誰かにゆだねる」のならば、

その相手にそれに見合った対価を支払わなくてはならない。

気付いてないのだ。「評論の原稿依頼」をしてしまった事に。

やれやれ。というわけで、これに関わる、私のタダ働きはおしまい。

あとは、印税収入につなげている、なぎら氏や山本コウタロー氏に任せよう。

富沢さんや、中村とうようさん、たちもいる事だし。

これ以上書くと評論になるから、もう書かない。

評論家は評判家で居るのが楽なのであり、すでに世間が認めたものを、

「ワシは最初から、高く評価しておった」とウソブク場合が多い。

全く評価されていない「何か」を発掘し、世に出して紹介し、しかもそれに、

後から世間が「素晴らしい。コレそのものも、紹介した××さんも」、

というのが、あるべき『本物の評論家』の姿だと思う。

そして「歌う」、「書く」、「描く」、「創る」といった行為への返答は、結局は、

「歌う」、「書く」、「描く」、「創る」でしかできない。

歌を聴いて、触発されて、絵皿を焼く、というのもOKだと思うよ。

評論家、評判家は、すでに出来ている物を紹介して貶すか褒めるだけ。

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2009年9月 2日 (水)

「八月夜話」推敲版

ちょっと、音楽の歴史は脇におく。歌そのものを紹介。

もっとよく伝えることを念頭において、「八月夜話」を推敲してみた。

さらに良い歌い方、アレンジはあるかもしれない。

まだ、何か、伝えなくてはいけない事があるような気もする。

いつも、歌を歌い、歌と戦うとそう思う。感情に負けて泣いて歌えない時もある。

それは、自分が「歌に負けている」ことになる。きちんと「伝える行為」をしなくちゃ。

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