ここで言う、「SF」とは「空想科学」ではない。
「STUDENTS' FESTIVAL」という、日本のフォークのごく初期のムーヴメントを指す。
が、侮るなかれ。今の日本の音楽界を支える人たちが山ほどいらっしゃる。
マイク真木さん、森山良子さん、吉川忠英さん、瀬戸龍介さん、町田義人さん、
こういった歌い手の方はもちろん、スタジオミュージシャン、プロデューサーの大物、
それこそ私らなぞ、前に出ただけで足が震えて緊張する方々が揃っている。
時期的には1962年頃に、銀座のガス・ホールで第一回がはじまったらしい。
1982年に、SFを再現したコンサートの解説で確認。
「今から20年前に始まった」とあるから、1962年がスタートという計算になる。
この解説は金子洋明さん(この時はミュージカル・ステーション)がなさっている。
彼ら大先輩が何を歌い、演奏したかというと、アメリカのフォーク・ソング。
それも、グリニッジ・ビレッジなどで歌われたものやブルーグラスなど。
ゴードン・ライトフットや、ピート・シガー、ウディ・ガスリー、ウィリー・ネルソン、
そういう、いかにもと言ったフォーク歌手の歌を英語で歌う物が多い。
もちろん、中には日本語で歌う方にシフトした、森山良子さんもいるのだが・・・
この当時は、なぜかバリー・マクガイヤの曲を英語で歌っていたりするしね。
コロンバス・スタッケード・ブルースを英語で歌ってもいる。
これは金子洋明さんと森山良子さんのデュエットで、収録されている。
CDで再発されているんだろうか?
僕が眺めているのは「'60年代フォークの主役達 -Students' Festibal 1982-」という、
LPレコードの出演者や演奏曲目なのですよ。
テネシー・ワルツ、ナイト・ウォーク、フォギー・マウンテン・ブレイクダウン、など。
カントリーとブルーグラスの曲があるかと思うと、ゴードン・ライトフットの「朝の雨」、
などの「(当時としては)新しく書かれた、フォークソング」もある。
さらに、日本語でフォーク調の歌を、プロの作曲家、作詞家が作る試みもされ、
浜口庫之助さんの「バラが咲いた」をマイク真木さんが歌っている。
後にトップ・ギャランを率いて、自分でヒットを飛ばした、森田公一さんの曲もある。
森山良子さんは「この広い野原いっぱい」や「朝日のあたる家」などを歌っている。
「朝日のあたる家」は英語で、「この広い・・・」は日本語での歌唱。
さて、ここから影響がドンと広がる。
このメンバーには入っていないが、フォーク、ロックのスタートに欠かせない人たち。
高田渡、尻石友也(後の高石ともや)、岡林信康、早川義夫+ジャックス、などが、
それぞれのフィールドで活躍し始める。
きっかけは、高石音楽事務所(高石ともやのマネージメント事務所)が変化して、
音楽舎になり、URC、つまり「アングラ・レコード・クラブ」の発足あたりから。
ここで明確な線として、中津川フォークジャンボリーの話が必要かと思う。
さすがに、現地には行ってない。私がまだ一桁の年齢の時期だ。
第一回は、中津川労音の例会として、笠木透氏の旗振りで開かれた。
笠木氏とはなぜか何度かお会いしている。向こうはこっちを覚えてないだろう。
この時は、民俗音楽の舞踏団を海外からのゲストで招いたりしている。
要するに、労音の例会なんだけどちょっと規模がデカイかな、だったろう。
第二回は、規模が拡大して、スターらしき人たちが登場する。
高田渡、岩井宏、加川良、五つの赤い風船、なぎらけんいち、小室等+六文銭、
などが出演していた。
第二回以降は、高石ともや氏の姿が見えない。(第一回はどうだったんだろう?)
なお、「高田渡+岩井宏+加川良」による、ギター、バンジョー、マンドリンの編成で
日本語で歌われたウディ・ガスリーの曲を聴いて、高石ともやサンが、
「先にヤラれたか」と悔しがったという話が残っているが、本当なんだろうか?
第三回が最終なのだが、ここで吉田拓郎、遠藤賢司、などがウケている。
そして、加川良も、武蔵野たんぽぽ団も、拍手喝采で迎えられている。
はっぴいえんど(細野晴臣さんや大滝詠一さんなど)も登場。
また、六文銭は、ギターに石川鷹彦サンが入り、吉田拓郎のバックをしている。
そしてぇ、安田南のステージでエラい事が・・・
ここから先は、なぎらけんいち大師匠の著書にお任せしよう。
某SNSで、このあたりを、アメリカのフォーク、フォーク・ロックと絡めて書いた。
質問に答える感じでアーティストと曲を手がかりになるように紹介していたわけ。
ところが、何をトチ狂ったか、
「フォークの表街道と裏街道について、詳しく説明して欲しい」
という要望をして来た人がいた。
自分の耳で、再発されたCDをレンタルでも「お金を払って聴いて」から、
「自分の感受性」で判断するべきだと私は思う。
そしてこちらは、そのためのアーティスト名、曲名は山ほど紹介してきた。
「自分で聴いて判断してくれ」というコメントをしたのだが、伝わらなかった。
「こういう議論もたまには必要じゃないか」と食ってかかられてしまった。
おい、オマエ。自分の耳で聞いて判断するのをヤメル気か?私ゃあきれたよ。
議論ではなく、私から一方的にアーティストと曲の名前を吸い取っただけだろ?
ここからは「自分で聴いて判断する」か、「判断を誰かにゆだねる」のならば、
その相手にそれに見合った対価を支払わなくてはならない。
気付いてないのだ。「評論の原稿依頼」をしてしまった事に。
やれやれ。というわけで、これに関わる、私のタダ働きはおしまい。
あとは、印税収入につなげている、なぎら氏や山本コウタロー氏に任せよう。
富沢さんや、中村とうようさん、たちもいる事だし。
これ以上書くと評論になるから、もう書かない。
評論家は評判家で居るのが楽なのであり、すでに世間が認めたものを、
「ワシは最初から、高く評価しておった」とウソブク場合が多い。
全く評価されていない「何か」を発掘し、世に出して紹介し、しかもそれに、
後から世間が「素晴らしい。コレそのものも、紹介した××さんも」、
というのが、あるべき『本物の評論家』の姿だと思う。
そして「歌う」、「書く」、「描く」、「創る」といった行為への返答は、結局は、
「歌う」、「書く」、「描く」、「創る」でしかできない。
歌を聴いて、触発されて、絵皿を焼く、というのもOKだと思うよ。
評論家、評判家は、すでに出来ている物を紹介して貶すか褒めるだけ。
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